- 考え方
人は変えられない、でも、変えるきっかけは与えられる
先日車を運転していた際、道路の左右に自転車に乗っている方々がいて進めず、一方通行の道幅の狭い道路ということも有り追い越すこともできないので、車が列をなしてしまっていたんです。 車道にはみ出して運転されている方もいたので、仕方なくクラクションを鳴らしたところ、年配の女性が怒鳴り立ててきまして。。。 何事かと思ったら「もっと大きな犯罪に鳴らせ、こんな小さなことで鳴らすな」「私のほうが年配だから私の意見が正しい」という趣旨のことを仰ってました。 どういう理論なんだ?と思いましたがどいてはくれたので車が列をなしている手前すぐ発進しました。 その後、いろいろ考えを巡らせまして、盗人にも三分の理、とはいいますが、あの方と言い合いをしても何も解決しなかったかもしれないな、と。 違いは違いであり、優劣では無いもののさすがにこれはかなりおかしくないか?と思うことって実生活上ではもちろん、仕事上でも意外とあると思います。 そんなとき、無理に相手に理解や納得をしてもらおうとすると思い通りにいかなかったときにかなりストレスを感じます。 そもそもで自分以外の人を思い通りにすること自体が無理があり相手の考えや行動を変えることはできない、その人が自ら変わるしか無い、できることは変えるきっかけを与えることのみ、変えるきっかけを与える努力を最大限して、あとは天命を待とう、くらいの気持ちがちょうどいい気がします。 神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とを授けたまえカート・ヴォネガット